アニマゲ

アニメ・マンガ・ゲームについて書きました

【ミニコラム】『この世界の片隅に』が「さらにいくつもの」片隅へ届きますように

この世界の片隅に」製作委員会 編著この世界の片隅に 劇場アニメ公式ガイドブック』双葉社,2016)を読んだ。

読んでたら、やっぱりというかちょっとだけ涙が「ぽろっ」とこぼれた。

この世界の片隅に 劇場アニメ公式ガイドブック

原作は2007年から約2年間にわたって漫画アクションに連載された こうの史代さん の同名のマンガである。映画は脚本・監督 片渕須直さん、制作 MAPPA で2016年に公開された。原作から映画化までの「運命的な」流れはガイドブックに詳しいのでぜひ確認してほしい。

おふたりの表情にほっこり

 

この世界の片隅に 上 (アクションコミックス)

この世界の片隅に 上 (アクションコミックス)

この世界の片隅に 中 (アクションコミックス)

この世界の片隅に 中 (アクションコミックス)

この世界の片隅に 下 (アクションコミックス)

この世界の片隅に 下 (アクションコミックス)

「この世界の片隅に」こうの史代 | 双葉社

私は映画→原作マンガの流れだった

初めてのこうのさん作品は  『ぼおるぺん古事記』。好きな作品。

 ウェブ平凡で作品の一部が読めます)

技法としてのアニメーション

さて、私が本編で一番最初に「ぽろっ」と涙が出たのはどこかと言うと「すずさんが風呂敷包みの海苔の箱を壁を使って背負うカット」である。

早いよ!

この世界の片隅に【映画】公式サイト

 


すずさんのありがとう

 

 のんさん を始め、どの出演者の方もキャラクターの存在と心情を見事に演じている

 

この世界の片隅に

この世界の片隅に

 アマゾンプライムでも見られるようになりました

「ぽろっ」ときた理由はある。理由というか直観。

そのカットのすずさんの自然な動きを見た瞬間、

「これはアニメーションの技法をちゃんと考えている作品だ!」

と確信したからだ。

私は表現手段としてのアニメーションが好きなので、映画冒頭から「当たり!」の文字がフィーバーした状態。そこからあらゆるシーンで涙をこぼしつづける、パブロフの犬と化した。お陰様で今も コトリンゴさん の歌を聞いたら鼻がツンとくるよう条件づけられたままである。

 

キャラクターの自然な動き、そして自然に存在することを片渕監督と制作チームは突き詰めていた。ガイドブックで一部が語られているので、監督のアニメーションの研究の内容をぜひ読んでほしい。なぜ映画を見た方の多くがキャラクターに魅力を感じたのか、あらためて納得できるはずだ。

――『この世界の片隅に』の映画化にあたって、どんな映画にしようと考えましたか。

片渕 原作を読んだ時、すずさんが、愛らしくて、いとおしくて健気で。そんな人の上に爆弾が降ってくるというの可哀想で可哀想で仕方がなかったんです。その感触を、絵空事ではなく表現したいと思いました。それを達成するために一番大事なのは、すずさんという人が本当に実在していた人なんだと、僕ら自身が信じることなんだろうな、と。そうすれば映画を見てくださる方も、すずさんの存在を信じてくれるかもしれない。(中略)

ーー広島や呉のロケハンや当時の様子の徹底的な調査は、そういう理由だったんですね。

片渕 そうです。それから二番目に、キャラクターの動きも今までの日本のアニメーションとはちょっと変えようと考えました。動き自体にもっと自然な日常感を出そうと。

ーーそれはどういうことでしょうか。

片渕 ここ何年か映像学会やアニメーション学会で「アニメーションはなぜ動いて見えるのか」をテーマに、いろんなディスカッションを重ねてきました。それは実はこの映画のためでもあったんです。ディスカッションを経てわかってきたのは、ショートレンジの仮現運動(※)とロングレンジの仮現運動があるということ。普通の日本のアニメは、中抜き(原画と原画の間に中間ポーズを描いた中割りを入れないこと)でパパっと動かすかっこよさがあるんですけれど、それはロングレンジの仮現運動なんです。それに対して、動き幅をもっと小さくした、ショートレンジの仮現運動にすると、ロングレンジの時とは脳の違う部位が反応するのか、”本当に動いているように見える”んですよ。

※仮現運動 踏切の警報器のように、わずかの時差で明滅する二つの光がある時、人間は光が左右に動いているように感じる場合がある。これを仮現運動という。光が明滅する時間差が、約30ミリ秒以下の場合は、同時に点滅しているように感じられ、これが約60ミリ秒以下になると光が本当に動いているように感じられる。

ーー”本当に動いているように見える”?

片渕 たとえば蛍光灯って100Hzから120Hzでちらついてますが、人間の目には動きがコマ送りのようには見えず、ちゃんと現実の一連の動きとして見えますよね。それと同じことが、動き幅を小さくしていくと起きるんではないかと。『マイマイ新子と千年の魔法』の時に一部で試して、PV『花は咲く』やPV『これから先、何度あなたと。』でも挑戦してみた手法です。”本当に動いているように見え”れば、すずさんたちのキャラクターの存在感はとても大きなものになります。そこから、すずさんたちの生活感も生まれてくるだろうと。なので今回は、今までだったら中なしで動かすようなところも、執拗に中割りを入れることにしました。結果、カット袋の厚さとかがちょっと半端じゃなくなりました。家族全員で食事をしているカットなんて、1カットの動画枚数がすぐ300枚くらいになりました。

この世界の片隅に 劇場アニメ公式ガイドブック』片渕監督インタビュー より(p90)

 

 曾我重司さんー埼玉工業大学心理学科 教授。知覚心理学、交通心理学、アニメーション/特撮の動きや空間表現の研究 をされている。片渕監督と交流あり

 おもしろそう、行きたい

インタビューにあった作品も一部紹介するので、ぜひ見てほしい。

 

映画『マイマイ新子と千年の魔法

9周年おめでとうございます。


「マイマイ新子と千年の魔法」本予告

私はまだ見ていないので、これから楽しみ。

公開は2009年。上映される館の方もフォローしている監督もすごい!

映画「マイマイ新子と千年の魔法」公式サイト

 

PV『花は咲く』

私はいわき市が故郷で、震災のことは今も毎日の自分のどこかの片隅にある。

この歌とアニメーションは本当によくできていて「心をなだらかにすること」「忘れずにいること」「とらわれず前に進むこと」を全部のバランスをとって丁寧に表現している。私は素直に受け取れたし、たまに見たくなる(ここがとても大事だと思う)作品だなあ、と感じた。


鈴木梨央ちゃんが歌う アニメ“花は咲く”~明日へ つなげよう『花は咲く』

 作って下さった全ての方、ありがとうございます。

 

PV『これから先、何度あなたと。』

ガイドブックで始めて知りました。素敵でさわやかなアニメーション

mishmash*公式サイト

 

こちらのインタビューにミュージシャンの方のプロフィールがまとめられていました

どの作品にも片渕監督が追求する表現があることがわかってもらえたと思う。

 

 ガイドブックを読んで驚いたこと

その1 準備が早いこうの先生

ーーすずさんが右手を失うという展開は非常に衝撃的でした。ある種の覚悟をもって描かれたと思いますが、このエピソードが必要というのはいつごろ思いついて、どのように描こうと思いましたか。

こうの 最初から決めていました。左手で背景を書くことも決めていたので、連載を始める前から左手でペンを使う練習をしていたんですよ。

この世界の片隅に 劇場アニメ公式ガイドブック』 こうの先生インタビュー より (p46)

私の感想「覚悟がやばい」

こうの先生は準備の鬼である。ガイドブックにもあるように高校時代の恩師の「足で描け!」という教えを守り、調査した多くの資料にもとづいて作品に誠実さを与えている。他の例としては 佐々木倫子 先生 も同じタイプだと思うが、資料を足で集め、準備に時間をかけるマンガ家とそこから生まれる作品は本当に貴重で、私は大好きだ。

 

その2 日にちを特定する監督

昭和13年1月2日の転覆事故】

原作の欄外にも言及がある通り、水原哲の兄が死んだ転覆事故は、実在の事故である。(中略)

片渕須直監督は、WEBコラム「すずさんの日々とともに」(http://www.mappa.co.jp/column/katabuchi/column_katabuchi_33.html)で原作の「ようやっと四十九日じゃろ」「正月の転覆事故の日もこんな海じゃったわ」というセリフを手がかりに、すずと哲が江波山で過ごしたのは、昭和13年2月18日だったのではないかと推察している。

この世界の片隅に 劇場アニメ公式ガイドブック』 『この世界の片隅に』の片隅を読む より (p26)

私の感想「調べ魔の名探偵」

 調べる理由は監督の好奇心もあると思うが、その目的はWEBコラムの「 いずれにしても、われわれは風を画面の中で表現しなくてはならない」という監督の一言ではっきり示されている。全ては、過去にあった自然な日常を描き出すための追及なのだ。

MAPPA 片渕須直監督コラム「すずさんの日々とともに」(全46回)

 

時代をつなげてくれた映画

ひとつ、私にはこの作品を見てとても嬉しかったことがある。それは感覚が変わったこと、「戦争のあった時代と今の私がいる時代がつながっている」ことを実感できたことだ。

 

野坂昭如 氏 原作、高畑勲 監督によるアニメ『火垂るの墓』を見たのは子どものころだったと思うけど、その時点からはっきりと一本の「線」が、まるで棒で砂の上に描いたように戦時中と自分がいる時間の間に引かれたように思う。これは作品が子どもだった私にどう影響したかという話で、『火垂るの墓』の批評とは全く関係がないことを明記しておく。

 

それから様々なメディアで、娯楽性が強いものもメッセージ性が強いものもとりとめなく、「戦争」について描いた作品を多くはないけど吸収してきた。けどやはりすき間のようにある時代と人の彼我の差は、私の中ではっきりと残ったままだった。

ではなぜ『この世界の片隅に』がそのすき間を埋めてくれたのか。

 

それは「すずさんが戦争に参加した自分を自覚したこと」が映画のクライマックスシーンに採用されていたからだ。具体的には、終戦の日のすずさんの慟哭と「ああ、なんも考えん、ぼうっとしたうちのまま死にたかったなあ・・・」という言葉である。

戦争にまつわる「死」や「絶望」がクライマックスで「演出されてしまう」主人公は多かったけど、自覚した主人公に出会ったのはすずさんが初めてだった。それは衝撃で、鮮烈だった。

 

映画を観た 庵野秀明 監督は、片渕監督にすずさんのことを「なんだあの女、ぼおっとして。首締めたくなった」って言ったらしいけど(笑)、インタビューで片渕監督が述べているようにすずさんは元からぼうっとしてるだけじゃない部分があって、それが自覚につながり母になってゆく強さにつながったのだ。それは、そこからまた日常を生きてゆく強さとも言えるだろう。

私たちがあるのはあの戦争のあと生きようとした人がいたからで、すずさんもまた生きた人なんだな、と私は時代のつながりを映画の表現だけで自然に納得できた

 

片渕監督のインタビューもあわせて読んでほしい。

ーーこれは戦争を描いた作品でもあるから、「戦争もの」として紹介することもできるんだけど、でも「戦争もの」という言い方をしたくない気持ちもあるんです。そういう言い方をした瞬間に、この映画のいろんな要素がばっさり削ぎ落とされてしまうような気がして……。

片渕 それは、今まで描かれていた戦争ものが、ものすごく表面的、あるいは記号化されたものが多かったんじゃないかと思うんですよ。映画の準備をしていたときにわかったことなんですけど、実際にはなかったことでも、戦争中であることをわかりやすく表現するためにそういう風に描くということが、テレビドラマや映画の戦争中の街の場面にはけっこう氾濫している。簡単に言うと、「時代劇は描いているけど、江戸時代は描けてない」みたいな。「戦時中」と言っても、記号化されたものではなくて、もっと生々しくて、リアルで、手触り感があって、映画をご覧になる方の人生にとって地続きである世界がここにあるんだ……っていう風に思っていただけるといいなと思います。要するに、戦争中を描いた映画を観に行かないっていうのは、自分にとって関係がない、縁遠いと思うからでしょ?

ーーそうですね。

片渕 それは違うんだよ、って言いたい。あなたの住んでるところと同じ世界のことなんだよって。

ーー地続きの世界だし、今、生きているこの世界がじわじわとそういう方向に向かっているのを描いているんだよ、と。

片渕 はい。あるいは、実はじわじわと向かった先が今なんですよ。と、いう風に思ってもらえるといいですよね。何か大きな出来事や破局があって終わる話じゃなくて、この話の終点は実はあなたが立っている今なのだと。しかもそれは仮の終点であって、その先にずっと続いていくのだと。すずさんが炊いている毎晩のご飯は、ずっとやっていくと今晩のご飯になる。ということなんじゃないかなと思いますね。

 

「この世界の片隅に」監督・片渕須直インタビュー 調べるだけではだめだ、体験しないと! – マンバ通信

この映画は私の断絶していた感覚をつなぎ、見落としていた新しい考え方や見方を提示してくれた。それは生き方が変わった、というのと同じだ。それぐらい、私にとって感謝してもしきれない映画なのである。

 

さらに物語はつづいてゆく

映画は原作と異なっている点があるので、未読の方はぜひ一度マンガを読んでほしい。その映画では簡略になっていたエピソードのひとつに「白木リン」にまつわるものがある。これの詳細に加え、他にも新規映像を加えた「もうひとつの映画」として映画『この世界の(さらにいくつもの)片隅に』が現在 公開を控えている。

この世界の(さらにいくつもの)片隅に【映画】

すずさんとリンさん

公式サイト トップ より

 


映画『この世界の(さらにいくつもの)片隅に』特報第2弾

公開日決定! 2019年12月20日(金)

 

さらに情報が公開されしだい追記していきます。

応援チームの募集が始まります。楽しみですね。

募集開始 予定日時 2019年6月13日(木)17時~

ikutsumono-katasumini.jp

全部の魅力は書ききれないので、ひとまずここまで。

そしてこれまで応援してきたたくさんの人たちに敬意を表し、この世界の片隅に『この世界の(さらにいくつもの)片隅』がたくさんの人へ届くよう、微力でもいいから私もその輪を広げてゆきたいと思う。

この世界の片隅に』未見の方、マンガも映画も、笑って泣ける傑作だよ!ぜひ観て!

そして『この世界の(さらにいくつもの)片隅に』を楽しみにしているみなさん、映画館でお会いしましょう!

 

2019.3.17

Kousuke

 

 

 

追記

2019.3.29 公開日などの情報を追記